ボタン付けも出来なかった私が偶然働いた職場は意外な場所でした

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ショッピングセンターで求人が出ていて、応募すると希望部署はありますか?と面接で聞かれました。その時、求人が出ていたのは食品売り場、ベビー用品売り場、子供服、紳士服など複数あったのですが「働けるならどこでもいいです」と答えました。後日、研修に来て下さいと連絡があり配属されたのは手芸用品売り場でした。私は、手芸が苦手でボタン付けや雑巾縫いも出来ないほどで家庭科も評価3しかもらったことがないくらいです。担当上司にその事を伝えると大丈夫だからと言われたので安心しましたが、実際に働いてみると糸の違いも分からないし布の切り方も知らないので全く仕事にはなりませんでした。しかし、働いているうちに、常連のお客様から手芸を教えていただく事も増え、社内用テキストで勉強も始めると手芸の楽しさが理解できるようになって、初心者向けのキットを買っては帽子を編んだり、マスコットを作ったりすることが出来るようになったんです。数年後、社内研修を受講することができたのでパッチワーク、ビーズワーク、編み物、刺繍など手芸を一通りできるようになりました。不器用な人の気持ちが理解できる分、接客にも活かすことができました。それからも、手芸は趣味となって続けています。(41歳、女性)

いろいろな勉強になった仕事は世間から冷たい視線を浴びる水商売でした

私は、人前で発言することや説明すること、自己PRがとにかく苦手でした。そんな時、友達からアルバイトの誘いがあったんです。昼間は会社員として働いていたので、時間的に難しいと断りましたが「夜に二時間だけでいいから」と半ば強引に決められました。水商売のアルバイトの経験はありましたが、昼と夜の掛け持ちは体力的にもキツイので、もうやるつもりはなかったんです。今回のアルバイトは初めてのコンパニオンでした。コンパニオン事務所で制服のドレスに着替えるとワゴン車でホテルに連れて行かれました。名札と名刺を渡されると打ち合わせがありました。団体名、人数、料理の数、手伝いが必要な項目などを社長から伝達されてからパーティー会場に向かいました。その時の印象が良くて、アルバイトを続けることにしたんです。会話でお客様とコミュニケーションをとったり、要望を聞いたりしているうちに自然と話術スキルが上がったような気がしたんです。気を遣う仕事なのでストレスはありますが、コンパニオン同士がとても仲が良くて一緒にいるのが楽しかったです。コンパニオンのアルバイトをしている事を軽蔑して見ている友人もいましたが、私は気にしませんでした。時給が良いので貯金も貯まりますし、度胸がついて人前で話すことやマイクを使って何かを話すことも上手くなっていきました。水商売は敬遠される職業ですが私にとってはとても良い経験でした。(31歳、女性)

人手不足に悩まされている介護業界ですがとてもやり甲斐のある素晴らしい仕事

私は26歳で病院で介護福祉士として働いています。元々、人の役に立てる仕事がしたいと思っていたのでこの仕事に就きました。この仕事はニュースなどでも取り上げられていますが高齢化が進む中、人材不足が問題になっています。激しい労働に比べて給料が見合わない為、中々この職業に就く人がいないことも現状です。たしかにやっていることに比べて給料が少ないなと思ったことはありますがそれ以上にやり甲斐があります。私は病院なので寝たきりの患者さんやリハビリ目当ての患者さん、オペ後の患者さんがメインでいます。トイレに連れて行ったり、お風呂に入れたり、食事を食べさせたりと介護が必要な方のお世話をさせていただいています。オムツ交換がメインなのでやはり腰がとても痛くキツイです。体力がいる仕事だし、精神的にもとても気を張るのでしんどいですが、患者さんから「ありがとう」という言葉を言われる度に本当にこの仕事に就いて良かったなと思います。いいことばかりでは決してないですがその言葉でとても救われます。本当に素晴らしい職業です。この先も人手不足に悩まされる介護業界ですが私は一生この仕事で頑張っていきたいと思っています。(35才、女性)

製造業の研究・開発の仕事をしていて、本当に良かったと思うこと

40代の電機メーカーに勤めている者です。私が製造業の研究・開発の仕事をしていて、本当に良かったと思ったことについて書かせていただきます。私は大学時代物理系を先行しており、在学中から電機メーカーへの就職を考えていました。そして卒業して大手電機メーカーに就職しました。就職してからは研修や実習があり、数ヶ月後に正式に配属となりました。仕事は研究・開発部門です。ある電気製品の中の部品についての研究を、上司、先輩とともにしていきました。これまでにない部品だったので、試行錯誤を重ねて失敗を繰り返しながら開発を進めていきます。そして数年経ったときに、目途がついたことで実際に製品化することになりました。製品化になると、チャンピオンの物を作るだけではダメです。量産では作る量が桁違いに増えるので、安定した製品を歩留まり良く作ることが求められます。ここで製造の難しさを実感します。そして実際に量産が始まると、自分の担当した部品が世の中に広く出ていきます。その商品を見るたびに、私の部品が使われていることを実感しますし、嬉しく思います。これが物を作る製造業においての最大の喜びでありますし、自分の仕事が世の中のためになっていることを認識することが出来ます。(44歳、男性)